自由民主党衆議院議員 茨城県第2区 ぬかが福志郎

ぬかが福志郎が自らの人生を綴った 風雲ヤセがまん記

風雲ヤセがまん記

幼少時代

私は、昭和19年1月11日、茨城県の北浦と霞ヶ浦とに挟まれた行方郡麻生町の農家に8人兄弟の末っ子として生まれた。当時、日本はいまだ戦後の貧困状態が続き、私自身も家の手伝いをしながら小学校へ通った。
学校へ行く前には朝早く起きて庭の掃除か廊下の雑巾がけ、それにツルベ井戸で風呂水を汲んでいくのが日課だった。学校から帰ってくると牛や馬の世話、風呂焚きなどの仕事が待っていた。また、田植えや収穫期には学校も農繁期の休暇があり、1週間くらい農作業の手伝いをした。
だが、誰もがそうすることに不平をいうことはなかった。とにかく家族で生活することに一生懸命だったのだ。
そうしたことが、今の丈夫な身体、ねばり強さ、困苦に耐える精神力を養ったといえるだろう。
小学校時代の成績は総じて普通で、3と4が主であった。しかし小学校6年生ごろから成績もよくなり、運動面でも活発にできるようになった。中学校では軟式野球部に入り、先輩から厳しい特訓を受け、毎日野球に明け暮れた。