自由民主党衆議院議員 茨城県第2区 ぬかが福志郎

ぬかが福志郎の政治理念

一、現場主義で民意を吸収

政治の原点は、国民の日常生活や職場における現場の生の声を大事にすることが基本。
2009年夏の総選挙で、私も含めて自民党が敗退したことを厳しく受け止め、もう一度、初心に返って地域住民、国民生活の中に飛び込んで、何が問題となっているのか、どうすれば解決するのか、何を目標にしていけば良いのか―などの課題について共に考え、共に行動し、共に創造していく活き活きとした本物の政治を目指したい。

一、地域主導の政治の確立

これまでの政治は、中央から地方へ、官僚から国民へと補助金を通じた官僚主導の片道切符の政治が強かった。
これからは逆に、地方から中央へ、地域住民から政治家へと地域主導、政治主導へと転換し、双方向の政治による民主政治の成熟化を図ることが求められている。
将来は、「廃県置州」の大改革を行い、道州制に移行し、「国のかたち」をスリム化する。最終の行政サービスは、基礎自治体(人口30?50万人)に権限と財源を移譲し、地域のサービスは地域の基礎自治体で行うようにする。
中央政府は、外交、安全保障のほか、金融、通貨、税財政などの基準と枠組み作りを行う。

一、国会改革と公務員改革

2008年の通常国会で、日銀総裁人事を巡って大混乱を起こしたことはまだ記憶に新しい。
私は、その当時は財務大臣として米国発のサブプライムローン問題に端を発した金融危機に対応していくためにも、ベストな人材を充てるべく熟慮を重ね、福田総理とも相談した結果、武藤敏郎氏を推薦した。
日銀総裁人事は、国会で衆参両院の了承をもらわなければならない国会同意人事である。
当時、政府与党の自民党・公明党は、衆院では300議席を超える圧倒的多数を誇っていたが、参院では過半数割れの状態であった。
したがって、民主党の賛成を得なければ何事も成立できないのである。法律は参院で否決されても、衆院で3分の2以上の多数をもって再議決すれば成立ができるという例外があるが、人事案件については当てはまらない。
しかし、民主党は、武藤氏が財務省出身であるため「天下り反対」の立場から同意人事に反対の立場を取り、否決された。私達は、次いで、副総裁に渡辺博史氏を推薦し、民主党の同意を求めたがこれも葬り去られた。
世界経済が金融危機に直面している時に、世界第二位の経済大国であるわが国の中央銀行総裁の椅子が空席でいることは異常なことで、とても考えられないことである。
武藤氏は確かに財務省出身であるが、武藤氏は日銀副総裁として5年も勤務し、金融政策に明るいうえ、世界の金融界に人脈を築いてきているだけに、最もふさわしい人材だった。
民主党の政策よりも政局という国会運営により、日銀総裁人事は1か月近くも経ってやっと現在の日銀生え抜きの白川総裁に決まる始末だった。
私は、この日銀総裁人事から国会のあり方を改革しないと、国会が立法府としての機能を失い、政争の具にされ、迷惑を受けるのは国民のみだということをつくづくと感じた。
このため、当時は二院制の議会政治の仕組みとしては、衆議院を国民の代表たる院として明確に位置づけ、衆議院の優越権として現在のような予算、条約に限定するのではなく、日銀総裁の同意人事や予算関連法案などにも拡大していくことを考えるべきだと思った。
さらに、現在は、衆参両院を対等に合併して、一院制にし、選挙制度も変えていくことが望ましいのではないかと考えている。
国会議員の定数は、現在より30%くらい減らし、500人の議員定数とするのが適切である。
また、公務員改革については、「天下り」「渡り」など高い給料をもらって余生を送るような甘い慣行は禁止する。
さらに、優秀な人材が公務員を希望しなくなるような事態が起こることのないように、生涯のライフサイクルが描くことができるような公務員制度を確立する。これにより、国民の公僕としての十分な能力が発揮され、適切に評価されるシステムをつくる。
また、人事、給与などの人件費管理の面でも仲間だけの評価ではなく、民間との交流も図り、能力、実績に基づいて国民本位の透明性のあるサービス提供ができる環境づくりを行う。

一、選挙目当ての公約は偽善の政治

真の政治家は次の時代のことを考え、どうでもいい政治屋は次の選挙のことを考えるということは、よく言い古されてきたことである。
鳩山元首相が、外交・安全保障問題の普天間移設に関連して、選挙戦術のために、さしたる移転先の構想もないまま「県外移設」と語って、沖縄県民を欺いたのは象徴的。
また、高速道路料金の無料化や、子ども手当の支給などの公約についても、財源の手当てや政策目的が明確でなかったため迷走し、バラマキ政治と非難されたのは無責任極まりない。
民主政治の弱点は、選挙に勝利するために、有権者や大衆に媚を売り、政策を曲げて票を買うことだ。
こうしたポピュリズム(大衆迎合主義)は、国を危うくし、最終的には国民を不幸のどん底に陥れることになる。
政治は、国民の皆様につらいことでも耳障りの悪いことでも正しいことを凛とした姿勢で意見を述べ、国の歩むべき方向を誤ってはいけないのだ。
私達は、民主党と違って、目先の利益を追うことばかりでなく、中長期的に将来を見据えた上で、現在、何をすべきかを考えて政策の選択をしていきたい。
例えば、医療、年金、介護などの社会保障は、無駄を省くなど歳出削減に努力する一方、景気が良くなったら、消費税を上げて財源をしっかりと確保し、お年寄りと働く若者との給付と負担のバランスをとり、安心してもらえるようにする、などである。
これが「まっ当な政治」というものだろう。

一、世代間を越えた責任を果たす政策

かつて、クリントン大統領が、米国の財政再建を行っていくときに、「大人は、子供の小切手で買い物をしてはいけない」とアピールしたことがある。
自分たちの過ごしている時代だけのことを考えているのではなく、子や孫たちの将来の時代のことも考えていくことが人間性あふれた政治のあり方であると思う。
国、地方合わせて800兆円に上る財政再建や、団塊の世代が75歳になる2025年以降の社会保障と財源問題、さらには、国家百年の計の教育改革などについて中長期的な視点からしっかりと取り組むべきである。

一、自由、公正、機会均等が原則

私は、戦後の貧しい時代に、経済的理由で向学心に燃えている青年が進学を断念していく現実を見て「政治はこれでいいのか」と憤りを感じ、政治家を志した。
若い人たちが経済的な理由で夢や希望を遮断されることなく、一人ひとりが個性を伸ばし、チャレンジできる機会が公正に与えられる社会にしなければならない。それが、人材育成につながり、日本の元気を生み出す原動力となる。
まじめに、正直に汗を流し、努力をしたヒトが報われる社会が理想の自由社会であると思う。

一、「和の心」が世界を結ぶ

私は、学生時代1年間、南北米で放浪の旅をしたことがある。人間は一人では生きていけないことを身をもって味わった。みんなにお世話になって初めて生きていくことができる。一人の人間の力ってそんなに万能ではない。
人と人、国と国、人類と地球の関係についても、ネットのごとく何らかの関わり合いを持ち、しかも、お互いに侵すこともなく、お互いの存在を認め合い、それでいて全体が和をもって維持されているという宇宙の中での「無限の相互依存関係」が作用しているという。
これは、人間が知る最小の物質である原子の世界でも科学的に認められている原理であるという。
この「無限の相互依存関係」こそ、日本人の日常生活に溶け込んでいる「お互い様の関係」「和の心」という生活哲学と同一であり、私たちが享受できる「自由の最大公約数」を生み出す究極の思想哲学ではないだろうか。
こうした日本人流に言わせれば「和の心」、科学的に言えば「無限の相互依存関係」という思想哲学は、私たちが今、悩み苦しんでいる、人種、宗教、国家、地球環境との間の紛争、破壊、戦争という危機的状況を克服できる普遍的価値として世界にアピールする時期がきているのである。